受講生インタビュー
大阪大学のフォトニクス生命工学研究開発拠点(フォトニクス拠点)が取り組む「メディカル・ヘルスケアデバイス スタートアップ経営者育成プログラム」(通称・TRACS)は、2期目の2024年度に9人の学生・社会人が参加しました。 受講生のうち4人に集まってもらい、TRACSでの学びについてお聞きしました。
(聞き手はサイエンスライター・根本毅)=文中敬称略、肩書はインタビューを実施した2025年1月当時

TRACS 「メディカル・ヘルスケアデバイス スタートアップ経営者育成プログラム」(Training program for medical/healthcare device startup CEOs)の略称。 フォトニクス拠点が2023年に開講した。 2024年9月~2025年3月の第2期には9人の学生・社会人が参加した。

相山佑樹 大阪大学大学院医学系研究科 麻酔・集中治療教室 第2学年

坂田渉 大阪大学大学院工学研究科 物理学系専攻 修士1年

物江祐弥 大阪大学大学院薬学研究科 博士後期課程3年

岡本徳子 大阪大学 経営企画オフィス URA(国際担当) リサーチ・マネージャー(准教授)
今日はお集まりいただきありがとうございます。みなさん、さまざまなバックグラウンドをお持ちです。自己紹介と、TRACSに参加した理由をお聞かせください。
相山 私は臨床医12年目で、大学院生として臨床研究に取り組んでいます。最近では多職種連携といって、いろいろな職種で医療現場の課題を解決していこうという流れがあります。TRACSで他の学部の優秀な方々が集まって医療機器開発に取り組んだらどのようなことができるのか、という関心があり、参加しました。
坂田 工学研究科の大学院生です。フォトニクス拠点のプロジェクトリーダーを務める藤田克昌教授の研究室に所属し、医療機器の研究開発を進めています。技術に偏っているので、技術以外の応用や薬事などが学べるというTRACSに興味を持ちました。
物江 薬学研究科の博士後期課程3年目です。がんとエクソソームとの関わりを研究しています。もともと「薬を作りたい」というモチベーションで薬学部に進みました。アメリカでスタートアップに関する機関を視察したことがあり、日本でもスタートアップ教育を受けられないかと調べたところ、TRACSの存在を知りました。
岡本 私は大阪大学の経営企画オフィスで、研究推進の支援をする部門に所属しています。もともとは基礎研究者をアメリカやドイツ、国内で15年以上続け、その後は研究広報の仕事を経て、現在に至ります。TRACSに興味を持ったのは、スタンフォード大学のメソッドをベースにプログラムが組まれている点です。実用的なプログラムなのだろうな、と期待して参加しました。みんなと学んだ経験を運営側で還元したいなと思っています。
このようにさまざまな方が9人集まり、2024年9月に開講しました。どのようなプログラムだったのか、順を追って説明していただけますか?
相山 まず、臨床現場の観察をしました。私は臨床医なので現場のことは分かりますが、他の参加者は医師がどういうことを考えているのか、物の運用がどうなっているのか、ということを知る機会がありません。そこで、脳神経外科の先生に現場を紹介していただきながら、どこに課題があるのか、臨床医が何を考えて日々診療しているのか、などをベースにニーズを掘り下げていく作業をしました。

坂田 めったにない体験でした。私は今、工学研究科の研究室で臨床医の先生と一緒に医療機器の開発を進めていますが、ユーザーの声をじかに聞くことはなかなかできません。手術を見学し、臨床医の先生から話を聞く以外にも、病院内を移動する時に「こういうことで困ってるんじゃないかな」という視点で物事を見ました。
例えばどのようなことに気付きましたか?
坂田 大きなベッドが周りにたくさんの配線をつけた状態で移動している場面を見て、「配線をもっとまとめられないの?」とか「無線にしたらいいのでは?」と考えました。
相山 患者さんの状態を把握する生体情報モニターですね。現場では、坂田さんのように考える余裕はないのが現状です。
物江さんはどのように感じました?
物江 現場観察をする1カ月前まで薬剤師業務の実習を受けていて、その時は何も思わなかったのですが、TRACSの現場観察ではあれもこれも気になりました。「視点が変わると、いつも見ていた病棟がこんなにも変わるのか」と思いましたね。現場に課題があっても、そこで働いている人にとっては「そういうもの」「こういうルールだから」となっていて、課題感に気付けないんです。
現場観察の次は何をしたのですか?
坂田 AとBの2つのチームに分かれて、観察した内容に対して「こういうことが課題じゃないか」と、考えられるニーズを100個挙げました。
相山 ニーズ出しはみなさん、めちゃめちゃしんどかったんじゃないですか? 他の分野から飛び込んできた方々があそこまで具体的に挙げたのにはびっくりしました。
物江 現場観察で見たニーズを洗い出し、視点を変えながら収束させて、その後にどういう技術で解決できるのか、という発散が再びあって、さらに収束をして、という流れで事業のビジネスプランを練っていきました。

岡本 私、最初の面接の時に「基礎研究者だった人には抵抗感があるかもしれない。逆の思考ですよ」と言われたんです。基礎研究はシーズ指向で、分からないことを調べるところからスタートします。一方、TRACSはデザイン思考をベースにしていて、現場観察からニーズにアプローチし、医療機器の製品化につなげるプログラムです。確かに逆の思考ですけど、しっかりと組み立てられていて効率的に多くのことを学べました。
ニーズを絞った後は、さまざまな特別講義を受けていますね。
物江 知財や薬事、保険、品質管理、ビジネスモデル、資金調達、事業計画など専門の講師から学び、その内容を開発品に当てはめてビジネスを立案していきました。それぞれのチームが「こういうプランで、こういう方法で、この疾患を治療しようと思っています」というように提案し、それに対して講師から「薬事はここが課題になりそうだね」などとアドバイスをもらう形です。少しずつ自分たちのプランが明確化していきました。
相山 我々のために時間を割いて来ていただいたのは本当にありがたい。こんな機会、ないですよ。
このプログラムのゴールは何ですか?
物江 最初に、各チームでゴール設定をしました。例えば、「絶対にこれで起業してやるんだ」なのか、「学べればOKなんです」なのか、というようにです。私たちAチームは、特許を取るところまで経験できたら面白いんじゃないかな、という感じです。
岡本 今日来ている4人のうち、私以外がAチームでした。Aチームは、どちらかというとガチで実装化したいという人が多かったんじゃないですか? 私たちBチームは学部生が多かったので、そこまでではありませんでした。

物江 どちらのチームも、アカデミア発で会社を作ることを実践を通して学びたい、ということが一番の前提にあると思います。私たちAチームも、会社設立は実際にそういう状況になったら考える、という雰囲気です。メンバーそれぞれ、進路が分かれていますから。
授業は週2回ですね。「本業」があるから、かなりしんどいのではないですか?
坂田 研究室など所属先のTRACSに対する理解度がかなり影響しますね。私の場合は担当教員がTRACSに関わっているので、融通が利きます。他の工学部の参加者から話を聞くと、実験と重なることもあって大変そうです。
相山 臨床医のアルバイトの後に、急いで授業に駆けつけるということはあります。たまたま非常勤で働く日と授業の曜日を合わせられたのでよかったのですが……。必ずしも全員の上司が理解しているとは限りません。私の場合は、TRACSで得た着想を自分の研究に還元したいと伝えて、理解が得られるように努めました。
物江 確かに縛られる時間は多いのですが、たくさんのことを学べるため、むしろ少ないと思います。私の所属する研究室はフレキシブルで、時間に関しては気になりませんでした。私はしゃべりたいタイプなので、時間があるならもっとチームのメンバーと会ってしゃべりたいくらいです。
岡本 出張先からつないで参加したこともあります。参加を考えている人には、時間をやりくりしてでも参加することを勧めたいですね。
みなさんにお聞きしたいのですが、TRACSはどのようなところがお勧めですか?
坂田 私は「いつか起業できたらいいな」という思いが何となくあったのですが、どのように進めていって、いつどのように勉強するのかプランが全く立っていませんでした。このTRACSに参加して、どのようにしたらいいのか実感が得られました。少しでも経営に興味があるのでしたら、参加すると視点が変わります。「何かやりたい」という漠然とした思いが具体的な形になっていきます。
相山 以前、オンラインMBAを受講したことがあります。しかし、実務とかけ離れていて、途中でやめたんです。それに比べると、かなり実務によっていて、かつ実現可能性を考えてプログラムを組んでいます。参加していて実現可能性をすごく感じ、学習を続けたいと感じました。現場でかなり経験されている方々からのフィードバックなので、具体的な現場目線なのが初学者にとって入りやすかったと思います。

岡本 例えば、ニーズを絞っていくときも、評価基準がAチームとBチームで違ったんですよ。メンバーの合議制で決めました。大学では評価とか指標って評価基準が動かないんですよ。評価の指標がおかしいと思っても変えられません。TRACSでは、最終的に自己責任ということなんですけど、納得して失敗も成功もできます。自分事としてやれるのは非常にいいと思いました。

物江 誰にでもお勧めできます。将来起業したいという人は、受けなければいけないコースだと思います。心を折られる経験は実際に経験した方がいいですね。
心を折られたんですか?
物江 クリスマスイブに心を折られました。渾身のビジネスプランを提示したところ、「この市場規模だとビジネスにするのは難しいんじゃない?」というように指摘されました。私たちとしては「いけるかな」と思っていたんですけど、実際にビジネスをしている方からすると「それは厳しい」となるんです。年末年始はへこんでいました。
岡本 もう一方の私たちのチームも、バッサリと「投資家のお金がつかない。医療現場で使えるものにするにはどうなの?」としっかりと言われました。それまで、医師へのインタビューで「そのニーズ、ありだね」とほめられることが多かったんですけど……。
物江 この経験は、起業したい人はしておいた方がいいと思います。
今日はありがとうございました。楽しさが伝わってきました。
物江 すごく楽しいですよ。(全員でうなずく)
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